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紙の豆知識

A判とB判
A判というサイズはドイツで生まれた、工業規格で現在は国際規格。
B判は日本独自の規格で,江戸時代の公用紙「美濃紙」のサイズに
由来するもの。日本のお役所の書類にB判が多いのはそのせいとか。
書道で使う「半紙」は美濃紙を半分にしたものということからそう呼ばれ
るようになりました。

                                                               

紙のタテ・ヨコの比率のヒミツ。
A3の紙を半分に折るとA4に、A4の紙をまた半分に折るとA5に成ります.
B判でも何度折っても紙は相似形のまま半分の面積に、此れは紙の
縦と横の比率が1:√2になっているから。次々に半分に折っていっても、
縦・横の比率が変わらず、紙に無駄が出ないようになっています。

                                                               

中性紙は保存性が高い。
紙にはインクのにじみ防止のためにサイズ剤が使われています、
その時に使われる定着剤、硫酸バンドにより紙が酸性化。
長い年月の間に繊維か劣化し紙はボロボロになってしまいます。
一方中性紙は中性サイズ剤を使用しているので、繊維が酸性化
せず良い状態で長期保存できます。

                                                               

PP用紙とは。
PPCとはプレーンペーパーコピーの略、コピー用紙の代表選手です。
外観では普通の上質紙と見分けがつきませんが、紙詰まりをしない、
カールしないなど、コピー機との適性を追求した製紙会社の技術が、
込められています。

                                                               

ミックスペーパーとは雑古紙のこと。
シュレッダークズやカタログ、感熱紙、カーボン紙などを含む雑古紙、
(市中回収古紙)を言います。処理の困難さ、外観上の問題などから
再生紙にしにくいとされていたのですが、現在では、環境保護活動の
高まりや、設備などの整備により再生資源として、積極的に製品に
利用されています。

                                                     
紙の「白色度」とは?
JISで定められた、パルプや紙の白さを表す指標のこと。
酸化マグネシュウム標準白板の光の反射量を100として光の割合の
値を示したものです。単位は%で、バージンパルプ100%のコピー用紙
で白色度80%、新聞紙でおよそ55%になります。

                                                     
                    
エコマークの認定基準は白色度70%程度。
古紙はインクを取り除き適正な白さになるよう薬品処理をします。
ですから古紙100%の再生紙でも白色度はバージンパルプと
同程度です。最近では古紙利用や紙の漂白工程による、
環境負荷低減の面から、白色度70%の紙の利用が進められて
います。

                                                     
製本の分類。
製本は、書籍、雑誌、事務用品、紙製品など大きく7品種に分類
をされます。その中で代表的な三つの年間発行部数は、
書籍約15億冊、月刊誌約32億冊、週刊誌約19億冊。1年間で
約66億冊を超える書物が発行されていることになります。

                                                                

最高級の紙はどんな紙?
何回折っても、畳んでも、くしゃくしゃに丸めても破れない紙、
お札。最高級紙を使い、偽造されないよう特別な紙に印刷
します。和紙のミツマタを使用している事いがいは秘密。

                                                                

そもそも紙は、麻の着物をリサイクルして作られた。
紙は紀元前2世紀頃、中国の漢の時代に作られるようになった
そうです。原料は当時の人が着古した着物、麻の繊維をバラバラ
にして水で漉いてつくっていたそうです。
現代でも再び木材以外の資源や古紙を利用した紙が作られています。

                                                                

水なくして紙は存在しない。
植物から繊維をとりだし、水に浸して細かく叩き潰すと、水を吸ってしなやかになります。
それを水に分散させ、網でこすと薄い層になり、水が絞り取られた後も、繊維は絡み合ったまま密に寄り添う。
紙はさまざまな形や大きさの繊維が複雑に絡み合った層であるため、
紙の構造はいわゆる多孔質です.繊維は、長さがさまざまなセルロール分子が集合したものであり、
水分子はこの隙間に自由に侵入しセルロースと結合する事が出来ます。
紙が湿気あるいは水を吸収しやすいのはこのためです。
紙の毛管現象によって水はどの方向へも浸透します。このことは、紙が筆記、印刷の
材料となる大切な特性なのです。
紙の本質は水と仲が良い事、水なくして紙は存在しえません。
1トンの紙を製造するのに、約100トンの水が消費されるそうです。

                                                               

板紙とは?
洋紙と比較して坪量、厚さの大きい紙を総称していたがみといいますが、紙との区別は判然としません。
一般にダンボール原紙、白板紙、黄板紙、色ボール、建材原紙等を板紙といいます。
◎白板紙
  白板紙には比較的薄いマニラボールと厚い白ボールがあります。白板紙は、
  表層に晒化学パルプによる白色紙料、他の層にGP、故紙、未晒パルプを原料と
  する2種の層を抄合わせた板紙で、主としてマニラボールは小箱に、
  白ボールは大箱に使われます.
◎黄板紙
  藁を原料とし、これを石灰乳、ソーダ灰等アルカリ性薬品で処理して作る下級板紙で。
  学校の工作用に使われている黄ボールは通称馬糞紙と言います。
  ・・・・・・馬の糞に良く似ているので・・・・・・・・
◎チップボール
  下級故紙(新聞紙が主)チップボールにはチップ芯ボール、黄芯ボール、白裏黄芯ボールがあります。
  チップ芯は原料に故紙(新聞)を、黄芯ボールは原料に黄芯(藁)を、
  白裏チップ芯ボールは裏面に白色紙料を抄合わせたものです。

                                                               

和紙の話。
和紙は貴重なものとして全国で作られ、平安貴族の女性達が美しい料紙を競って
求めたこともあって、技術も発達し多彩な加工紙が生まれました。では和紙は
どのようにして作られたのでしょうか、まず原料として楮、三椏、雁皮等が用いられます。これらの原木を釜に入れて蒸し皮を剥ぎ取り乾燥します。
此れを黒皮といい、さらに水に浸して黒い部分を削り取ります.これが白皮です。
白皮をアルカリでよく煮て流水に晒してちりを取り除きます。白くなった繊維を棒や槌で
打ち解して水槽に入れ、ネリを加えて乳状液に仕立て、これを桁をはめた簀に汲み取って
前後左右に揺り動かして繊維をかみ合わせ、余った液を前方に流し捨てると簀の上に
繊維の層が薄く平らに残ります。これが紙を漉く方法で流し漉きといいます。
この後漉きためた紙を圧搾乾燥して紙にしあげます。

                                                                  

のし紙水引のいろいろ。
のし紙の歴史は古く室町時代からの風習と言われています。のしは、のし鮑(あわび)の略です。
折のしは紅白の紙を着物のように折って、黄色い短冊を入れるが、この紙片がのし鮑の略式です。
婚礼の贈り物や正月の三方には、大のしといって今でものし鮑が使われるところがあります。
弔事ではなまぐさ物を断った為、のしはつけられません。
 又、水引は贈答品の表紙にかけたコヨリが五本の紅白のコヨリに美しく変化したものです.
本来は奉書の表紙にのしを張り、水引をかけるものですが、現在はそのまま印刷されているのし紙を
掛ける事が一般的におおくなっています。この場合でも、まず第一に、一般進物用、婚礼用、見舞用、
など使用目的に合わせ正しく使用する事がかんじんです。
つまり紅白の水引の蝶結びは進物用、紅白二本の結び切りは、夫婦水引と言って婚礼用、紅白一本の
結び切りは快気・内祝い用、黒白一本の結び切りは弔事用というわけです。のし紙を使ったギフト様式
は、日本だけと言われています。
     
  ●一くちメモ

水引の結び切りと蝶結びの違い
   結び切りとは、水引の両端をひっぱった時に、ほどけないで、より強く結ばれる格好のものをいいます。
  「これきりで二度と繰り返す事が無いように」と言う意味がこめられていますので、結婚・病気見舞い・
  弔事全般に使います。
慶事には濃く、弔事には薄く
   表書きには「御祝」「御霊前」というように、その目的をはっきりと書く事が大切です。そして、
  なるべく筆か筆ペンを使い、慶事には墨色を濃くしてお祝いの心を込め、
  弔事には墨色を薄くして悲しみの気持ちをあらわします。
   また、お祝いの気持ちをお金にしてあらわすのですから、細かい心配りが大切です。特に
  使い古したお札をお贈りするなどは、もってのほかです。いざと言う時にあわてない為にも、
  きれいなお札をいつも自宅に保管して置くようにしましょう。
病気見舞・災害見舞
   病気見舞いの水引は結び切りで、のしもつけません、せいぜい包みの折り端に紅をのぞかせた
  だけのものにするか、白無地の封筒に「御見舞」と書くのが、ふさはしいのです。
  そのとき、励ましの言葉をカードに添えれば、やさしい心づかいが伝わりいっそう良いでしょう。
   災害見舞には、のしも水引もつけないので注意しましょう。とりあえずすぐ役立つ食料品や
  衣料品が何より喜ばれます。それに現金を添えると良いでしょう。災害の場合は目上の人に
  現金をお贈りしても失礼になりません。
「御霊前」と「御仏前」の違い
   弔事の場合、宗教によって表書きが違いますので、注意しましょう。そこで間違いやすいのが、
  「御霊前」と「御仏前」です。御霊前は葬儀の時に使うものでどの宗教にも共通ですが、(注)
  御仏前は仏式で四十九日の法要が終わってから使用すべきもので、葬儀には使いません。
  又市販の香典袋の中には、
  蓮の模様がはいったものがありますが、これは仏式専用なので注意しましょう。
   (注) [但し書き] 
  真宗の葬儀や法要は、仏徳讃嘆(阿弥陀如来の徳をたたえること)と、仏法に出逢わせていただく
  得がたい縁として営まれるます、
  このため弔辞の表書きに「ご霊前」は真宗にふさわしくない言葉とされています。
  「御霊前」⇒「御尊前」がふさわしく「御仏前」も葬儀、法要の両方に使われます。 

                                                               

紙の前の紙は、パピルスに羊皮紙。
昔々、エジプトのナイル流域にはパピルスの原野が果てしなく続いていたと言います。人々はこの草を装飾品や
食用に用い、燃料としてもつかったり又茎を削って敷物を作り、縄や籠を編みました。
パピルス草は古代エジプトの人々にとって生活にかかせない貴重な材料だったのです。
彼らはパピルスの茎の髄を取り出して薄く削ぎ、これを貼り並べて乾かし紙を作り上げました。
パピルスの紙の誕生です。こうして古代エジプトで発明されたパピルスはその後、ギリシャ、ローマ
など各地に普及しあらゆる書写の材料となりました。パピルスの名は「Paper」の語源として
今日までのこっています。

                                                           
新聞用紙とは?
わが国で一番多く量産されている紙は新聞用紙で、年間約250万トンつくられています。
読まれているうちは新聞、読まれた後は新聞紙、つまり古紙になります。
新聞用紙は従来は砕木パルプを主原料とし、それに約2割の化学パルプやセミケミカルパルプを
混合したものが用いられていましたが、現在では紙の混入が年々まして来ています。
その理由は、最近脱インク処理が完全に行えるようになった為、大量に使用され、現在20〜30%も
古紙が混入され、今後も増す傾向にあります。再生古紙を混抄する事により、紙は不透明度を増し、
印刷の裏映りを防ぐ効果があります。そのため以前よりも薄くする事が出来、それだけ軽くなり、
印刷作業や運搬などにも好影響を与えているようです。

                                                                   

紙の裏・表。

一般の紙には、たいてい表と裏があり、両面は多少その状態を異にしている。もちろんそのうち
滑らかな面が表とされているが、肉眼では見ることの出来ないミクロの表裏差も大切です.
第一には填料の不均等な分布であり、そのため裏面の填料及び微細繊維の配分率が表面より非常に少なくなります。
また表面だはタテ・ヨコの特質が明らかですが、裏面ではその差が不明確と成ります.
表面は見た目にもミクロでも滑らかで繊維の並びもはっきりしているが、裏面はそれが劣っていると言う事です。 
一般的な表裏差の識別法は、@ワイヤーマークのある方がウラ面 A流れ目がはっきり見えるほうがオモテ面
 B梱包を開いて見える面が裏面と言われています.


                                                     
模造紙の名の由来。
印刷局抄紙部(国の機関)が開発した三椏を手漉きした紙で通称「局紙」又は「鳥の子」と呼ばれた
紙がありました。明治18年4月、三井物産会社がこの販売権を一手に得、これを海外に輸出して
名声を博した。この[局紙」は欧州においてジャパニーズ・ベラム(Japanese Verum)となずけられが、
明治30年頃から、ドイツ、オーストラリア両国の製紙業者が亜硫酸パルプを使いこれに似せた、
シミリー・ジャパニーズベラム(simiry Japanese Verum)と言う紙を作り、逆に日本へ入れるようになりました。 
日本の製紙会社では、此れを又模造し、大正12年に今日のA模造紙に似た紙が出来上がった
ということです。模造紙は海を越え、出来上がった紙に似せた紙と言うのがその名の由来のようです。

                                                      
再生紙の価格と基準。
紙1トンは、紙の原料となる立木(直径14cm、高さm)で20本分に相当します.古紙1トンから約800sの
パルプが出来ると言われています。わが国の製紙原料に占める古紙の割合(古紙利用率)は49%
=1120万トンでオランダ65%、イギリス55%についで世界第3位の利用率となっています。そして
その量はアメリカの2169万トンについで世界第2位です.
古紙の再生は、木材から紙を作るのと比較して、60〜80%の省エネに成ると言われています.しかし
古紙を製紙の原料にするにはインキの除去などのコストのかかる工程が必要な為、再生紙の価格は
そのイメージとは違い、必ずしも安くならないのが現状です。

                                                               

日本人の清潔な習慣。
紙の用途には大きく分けて@情報を記録するA物を包むB汚れをぬぐう・吸い取る、の3つがあります。
このBの用途の為に急速に普及したものがティッシュペーパーです。
実は汚れをぬぐう紙を携帯すると言う習慣は欧米には無く、昔からハンカチが使われていた事はご存知の通りです。
そのため江戸期から明治に掛けて来日した欧米人の日記には「日本人はハンカチを使わず
紙を使い捨てにしている」とわざわざ書かれているものがあります.

                                                               

水に溶けない紙。
紙は水に弱いものと相場が決まっていますが、水に強い紙もあります。
古いところでは唐傘の紙。これは和紙に柿渋を塗ったものでかなりの耐水性があります。また江戸時代の
商家ではコンニャクのりをつかって漉いた紙で大福帳を作っていました。
大福帳は今でいう帳簿ですから、火事などで燃えては大変です.火事のときは真っ先に持ち出して井戸
の中にに投げ込んだということです。後で引き上げて乾かせば又使えたそうですから、耐水性は抜群だったようです。
現代では、紙に合成のりを混ぜたり、合成繊維を接着したりする方法で、水に溶けない紙を作って
います。紙の使い道は色々ですが、水に濡れても痛まない海図や湿気で狂いの出ない精密図面などが、
代表的な例でしょう。

                                                               

楮(こうぞ)の花。

楮はクワ科の植物で葉も桑のように大きく、春遅く新葉が萌え出ると同時に黄白色の花を開きます.
樹皮を探って和紙の原料にする為、山間も集落などで栽培されます.
楮を原料とする紙で、室町時代末期から江戸時代まで、最高級の公文書用紙として盛んに漉かれたのが、
奉書紙です。
白くて厚く丈夫で書きやすい紙として尊重され、とくに越前奉書は日本一と高い評価を得ています.水に良くなじみ、
墨汁や水絵の具を良く吸うなどの特性があるので、現在も美術用紙として珍重されています。
楮と共に和紙の三大原料と呼ばれるのが三椏と雁皮です。この二種はいずれもジンチョウゲ科の落葉潅木
で、三椏は駿河半紙、雁皮紙は薄様の鳥の子などの名で知られてきました。

                                                               

蜂と砕木パルプ。
軒下や木の枝などでよく見かけるのはアシナガバチの巣です。ハスの実を逆さにしたような形で、
灰褐色をしています。10数匹から20〜30匹の蜂が群がって、時には人を刺します。スズメバチは
人の頭くらいからその倍以上の大きさの巣を、高い軒下などに作ります。
フランスの博物学者レオミュールは、スズメバチを観察していて、その巣が紙によく似ている事を発見しました。
その頃の製紙原料は主として亜麻布や木綿布のボロを使っていたのです.1719年に書いた論文で、彼は
次のように述べています。「蜂は、自分達が住んでいる森の木から繊維を取り出し、非常によい紙が作れる事を、
我々に教えてくれる」しかし、この提案に対して世間は冷淡でした。此れを受け継ぎ砕木パルプを発明
したのは、ドイツ人ケラーでした。1840年のことですから、レオミュールの発見以来120年いじょうもたっています。

                                                      
たかが名刺されど名刺。

色・形・材質そして目的も千差万別ですが、忘れて成らないのが名刺交換の基本。
<まずは渡す時>
目下の人、訪問した人が先に名刺を渡します。右手で自分の名刺の左上を持ち、相手に読みやすいように
差し出し、同時に会社名・名前を名乗ります。無言で突き出したり、「こういうものです」では失礼です。
読みにくい名前の人は特にはっきりと名乗る事が肝心です。
<次に受け取る時>
両手で丁寧に受け取ってください。相手の肩書き・名前を確認し、もし読み方がわからない場合は素直に
きいて、名前の由来や出身地を尋ねて話の糸口を見つけてください。
<そして>
面会日・用件や顔の特徴などをウラに記入し、職業別や50音別に整理しておくと後で役立ちます。
戴いた名刺をいきなりポケットや引き出しに入れるのは相手に大変失礼です。たかが名刺、されど名刺
一枚の名刺が、後日大きな取引や証拠になったという話は数え切れません。

                                                               

紙のタテとヨコ。

紙にはタテとヨコの方向が有ります。抄紙機で流れ出てくる方向をタテといい、それに対して直角の方向を
ヨコといいます。普通機械で抄かれた紙は抄紙方向に引っ張られながら抄かれますので、
繊維は引っ張られた方向に配列します。此れがタテです。手漉き紙の場合は引っ張られないので、
タテとヨコの方向はありません。機械抄きの紙を四角に切って水につけてみてください。
どんな紙でもカールします。カールした方向がヨコです。タテはカールしません。

                                                               

紙の歴史。
長い間、製紙術の発明者は中国の蔡倫であるとされていました。それは「後漢書」に蔡倫が、樹皮、麻繊維
、ボロ布などを用いて紙を作り、105年和帝に献上したと言う記述があるからです。しかし、1957年中国の
西安市郊外の棚橋の遺跡から前漢武帝時代(紀元前140〜87年)以前と確認された紙が発見され、
この紙は大麻で作られていました。どうやら紙は、
中国前漢時代の実際に労働に従事していた名も無き人々によって発見されたもので、
蔡倫の時代になって紙が紙らしくなり、彼がその功労者であったと言う説が主流のようです。
わが国に製紙法が伝えられたのは、推古天皇の時代(6世紀)、高麗の僧、曇徴(どんちょう)によってと
「日本書紀」記されています。

                                                               

日本の製紙工業の始まり。
日本の製紙工業は、明治維新を契機として始まり、もっとも早く紙の企業化を考えた人は大阪の百武安兵衛
といわれています。百武は1870年10月、貨幣制度、銀行制度等の視察の為渡米した時の大蔵小輔伊藤
博文の一行に、民間実業家の代表として加わり、その途上製紙機械を直接輸入して帰国した。
そして合資により洋式製紙業を企てたが、その計画は機械が到着しないうちに百武の破産によって挫折した。
その後この計画は後藤象二朗らの経営する蓬来社に引き継がれ、大阪中之島に工場が設けられる事になるが、
百武が注文した長編抄紙機は蓬来社に譲渡が決まった翌年の1874年1月に日本に到着した。
此れが日本で最初の洋式抄紙機なのでした。

                                                      
ケント紙とは?
画用紙と言われる紙の種類の中で最も硬質で表面の平滑な紙です。特に製図用やデザイン用の紙として
使われており、油性のフエルトペンが比較的にじまず使いやすいようです。
紙に弾力性があり白さが特質の紙なので光で変色しないよう暗所での保管が良いでしょう。

                                                               

奉書紙の始まり。
奉書紙は中世に始まり、特に近世になって公用紙として盛んに使われた高級な楮紙のことです。
古文書の形式で、直接、将軍などが命令を書かず、下の者が仰せを奉って命令を書き、その名で出すものがあり、
それを奉書と言いましたやがてその奉書を記した高級な楮紙も次第に奉書と呼ぶようになったようです。
また三位以上の者、公卿の仰せを奉って出す奉書を「御教書」といい、
その用紙を「御教書紙」とよびました。御教書紙も奉書紙の一種と言えます。

                                                     
連量と坪量

紙の取り引きの単位は連であり1連は1000枚です(板紙は100枚で1連)。
一方紙の単価は重量(s)ベースで、1000枚の重量が取引上の基本重量となります。此れが連量または
キロ連量です。
米坪(1u当りの重量)から連量を求めるには米坪(g/u)X面積(u)X1000枚を計算しこれをkgに換算
すればよいのです。それぞれの判で下記係数を坪量にかけると簡単に求める事が出来ます。
A列本判(625X880) 
  キロ連量(kg)=米坪量X0.55
四六判(788X1091)
  キロ連量(kg)=米坪量X0.86
キク判(636X939)
  キロ連量(kg)=米坪量X0.60

                                                               

古紙は何時頃から流通していた。

紙は中国から伝わりましたが、当時は非常に貴重品でしたから、公文書やお経、重要な手紙など、
ごく限られた範囲で使われていました。貴重なものなので、一度使った紙を漉きかえして再び使用する事も
早くから行われていました。記録としては平安時代の清和天皇の女官であった藤原多美子が、天皇から
送られた手紙を漉きかえさせ、その紙に経文を書き写した例があります。平安時代の官営製紙所である紙屋院でも、
平安時代の末期には製紙原料の入手が難しくなった為、反古紙を集めて漉きかえした宿紙だけを
抄造していたと伝えられています。
鎌倉時代には、紙の使用範囲が広がり、江戸時代には古紙で作られたトイレットペーパーも
一般に出回るようになりました。
尚、洋紙・板紙を古紙として利用するようになったのは、明治時代に入ってからの事です。

                                                               

切符に付いて。

中年以上の方はご存知だと思いますが、鉄道切符は昔[硬券」と呼ばれ、
牛乳瓶の蓋ほどの厚さの紙が使われていました。
その後、自動販売機や自動改札機の導入などにより用紙は変化し、今では「軟券」と
呼ばれる裏面が磁気化されたコピー用紙2枚程度の特殊な感熱紙が使用されています。
感熱紙と言っても、切符に使用されるものは、レシートや感熱ファックス用紙とは違い、裏面の磁気化のほかにも
@伸縮が少なく寸法安定性が高い(我々が手にする切符のサイズは30X57.7mm)A水や油の影響を受けにくい
B変色や退色が少ない等の特長が備えられています。又このため表面の感熱層の上には保護層も備えています。

                                                               

再生紙と省エネルギー。

再生紙は省エネルギーにつながると言われますが何故なのでしょうか。
化学パルプは、原料として使用される木材のおおよそ半分しかパルプにはなりません。此れに対し、古紙は
その90%がパルプに生まれ変わります。機械パルプもその原料の木材の90%がパルプに生まれ変わりますが、
パルプを作る際の電力などの消費量は、化学パルプを100とすると、機械パルプが75、
古紙パルプは15程度ですみます。
効率よくパルプを作れると言う点では、古紙は最も省資源に寄与していると言えます。このため古紙パルプを
使用した再生紙は、省エネルギーにつながると言われるのです。
ただし、化学パルプや機械パルプのパルプにならない部分も、メーカーの工場内で燃料として無駄なく利用されており、
けっしてこれらが悪いパルプというわけではありません。

                                                               

ポスター用紙とは。
ポスターは、視覚に訴える広告や告知の手段の一つとして大変効果があります。
目立たせるための手段として、デザインや印刷にも工夫が凝らされますが、その効果をあげる為に
用紙の選定も重要になります。
商業PRポスターに用いられる用紙では、印刷効果の上がるコート紙が主流ですが、
最近ではその光沢を抑えたダル調またはマット調のものも多くなってきています。
アート紙はその原紙の上に両面で約40g/u、コート紙は同じく20g/uの塗料を塗り、
乾燥後にスーパーカレンダーで高平滑・強光沢を施したものです。このため印刷網点の再現性に優れ、
印刷の仕上がりに於いては非塗工紙とは格段の差が有ります。
屋外ポスターの場合には耐水性が求められる為、印刷後に塩化ビニールラミネートを圧着する加工が
行われる事もあります。又最近では水に強い合成紙や樹脂含浸紙も多く使われています。

                                                               

その昔、紙は貴重品。

今でこそ私達の身の回りにあふれている紙ですが、飛鳥時代にわが国に伝来してから暫くの間は限られた
用途にしか使われず、大変貴重なものでした。例えば戸籍を書きとどめるとか仏教の経典を写すなど、
永く保存する目的にのみ使われ、その他の日常的な記録には木簡が使われていました。
当時作られていた紙の殆どは写経の為に使われていましたが、
写経所では多くの専門の役人が厳しい管理の下に働いていました。
そこでは紙の使用枚数をあらかじめ申請し、余ったものはもちろんの事、
書き損じたり破れたりしたものも残らず返却しなければなりませんでした。
また、誤字や脱字が発見された場合には、その枚数に応じて給料が差し引かれたほどでした。
一方不要になった文書は、屏風絵の下張りに利用したり、
その裏側をメモ用紙にしたりしていた事が、正倉院に残されている奈良時代の資料からわかっています。
今盛んに言われているリサイクルも、当時は紙が貴重品であった為に行われていたわけです。

                                                               

どんな木が紙になる?
木材の中には、軸と同じ方向にセルロースを主成分とした繊維が並んでいます。
この繊維はリグニン等で固められています。木材から紙を作る為には、
まずこの結合を何らかの方法で壊し、バラバラの繊維を取り出す必要があります。
次に木材パルプに使われる種類に付いて調べると、初めて木材パルプが使われた頃は、
針葉樹のモミ、ツガ等でした。その後、軟質で色が白く繊維が比較的細長く取り出しやすい
エゾマツ、トドマツ等が使われました。
しかし、これらの木が不足してきたので、日本中いたる所に生えているアカマツやクロマツを
利用する研究が進められ使用されました。
ブナ、カバ、ハンノキ等の広葉樹のパルプも古くから使われていましたが、使用しにくく、
エゾマツ、トドマツが主流でした。戦後樺太を失った為代わりにアカマツやトドマツが主流となり、
広葉樹の利用も本格的に検討され始めました。

                                                               

印刷用紙の代表的寸法の由来は?

4/6判(788X1091)は英国のクラウンと言う判を約4倍にした大きさで、2尺6寸X3尺6寸に相当しています。
これを32載して化粧断ちにすると、ヨコ4寸、タテ6寸の書物の寸法になるところから、明治中期には4/6判と
呼ばれるようになったと言われています。
菊判(636X939)は米国の標準版の25インチX37インチから来たものです。明治時代に新聞用紙として輸入された
この寸法が、ダリアかバラのブランドを印した包装紙を使用していた事から、それを菊と見做して菊判としたとか、
新聞の聞くを掛け合わせて菊判として広まった、とか言われています。
A判(628X880)B判(765X1085)は日本標準規格寸法として決められた時、同時に
「装釘シタル書籍ニ在リテハ、表紙ノ大キサヲ仕上寸法ト為スモノトス」と言う条件が付けられ、    
A5判X16枚取りが630X880mm、B6判X32枚取りが770X1090mmとなって
現在のA判、B判の寸法に落ち着いたようです。

                                                               

各国のトイレットペーパー。

トイレットペーパーも世界各国いろいろあります。主要国の特徴を簡単にご紹介すると、フランス、パリのホテル
に泊まれば、手でもんでも、もんでも、バリバリと言う茶色のハトロン紙のロールペーパーに出会って、
白い紙に慣れている日本人はビックリする事があるそうです。
イギリスでは、フランスの紙よりやや白っぽくなりますが、、万年筆で楽に字が書けるような紙が
一般的であるようです。本来の使用目的とは別に、メモ用紙として利用する人も多いそうです。
ちなみに、イギリス人には日本にあるようなピンク色のものはあまり好まれないようです。
ドイツは質実剛健と言おうか、灰色の再生紙が多い。最近はかなり良質紙も作られて雑誌に大きな広告も見受けられるが、まだ吸湿性に乏しいと言う難点がある。
隣国のオーストラリアやスイスにも出回っているそうです。

                                                               

画仙紙(がせんし)とは?
本来は、中国から渡来した書画用の紙のことをこう呼びます。他に、雅仙紙・雅亘紙などと書きますが、
中国の名紙として有名な亘紙(せんし)にちなむ名称と言われています。
亘紙は唐代(618〜907)のはじめから漉かれ、青壇(せいたん)の皮の繊維を原料としたと言われます。
江戸時代に中国から輸入された紙の多くは唐紙で、画仙紙は少なかったそうです。
当時は、紙が厚く、純白でした。竹を原料とした唐紙(毛辺紙/とうし)と青壇を原料とした画仙紙とが、
対照的にに考えられていたかは不明です。
江戸時代以降、わが国で中国の書画用紙を模倣する試みはいくつかなされますが、必ずしも
数は多くなく、あまり成功しなかったそうです。